全米チャートを席巻したラッパー、DMXが50歳で死去

過去5枚のアルバムで全米1位を獲得するなど、

今なお影響力のあるMCの一人「DMX」ことラッパーのアール・シモンズが死去。

現地時間9日、心臓発作を起こしてから1週間後の金曜日に、

ニューヨーク州ホワイトプレーンズのホワイトプレーンズ病院で亡くなった。

シモンズの家族は、彼の死について「深く悲しんでいる」と述べ、

「ここ数日、生命維持装置につながれていたが、彼は家族に見守られながら亡くなりました」と付け加えました。

 

「アールは最後まで戦い続けた戦士でした」と家族は声明で述べています。

「彼は家族を心から愛し、私たちは彼と過ごした時間を大切にしています。

アールの音楽は、世界中の数え切れないほどのファンにインスピレーションを与え、

彼の象徴的なレガシーは永遠に生き続けるでしょう。

 

私たちは、この非常に困難な時期に、たくさんの愛と支援をいただいたことに感謝しています。

弟であり、父であり、叔父であり、そして世界がDMXとして知っていた人物を失った悲しみの中、

私たちのプライバシーを尊重してください。

 

追悼式については、詳細が決まり次第、お知らせします」 4月2日、

シモンズは心臓発作で病院に緊急搬送された。

緊急事態発生後30分間、脳から酸素が供給されなかったと言われており、

ICUで危篤状態が続いていた彼を応援するために、

家族や友人、ファンがホワイト・プレーンズ病院の外に集まり、祈りを捧げていた。

 

その後、脳機能テストが行われ、9日に生命維持装置が取り外された。

近年は薬物中毒との闘いに悩まされてきたDMXだが、20年以上のキャリアを誇る彼は、

メインストリームの舞台で最も成功したハードコア・ラッパーの一人であり、

文化的に大きな影響を与えてきた。コアなオーディエンス以上の人々にも影響力を持ち、

情熱的でパワフルなスタイルを持つアーティストでもあった。

 

90年代半ばの彼の躍進は、ヒップホップが商業化された世界的な現象とリンクしており、

そのなかでもDMXはポップさとは対極にあるアグレッシヴさで人気を得た。

彼はまた、Def Jamレーベルを活性化させ、ジェイ・Zのブレイクにも貢献。

 

また俳優業にも挑み、『Belly』、『Romeo Must Die』、『Exit Wounds』などで

役者としてのキャリアを築いた。

 

【動画を見る】90年代後半から2000年代を彩ったDMXの代表曲

コメント

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


プロフィール

 

佐谷亜理

 

東海大学理学部情報数理学科卒

社会にでて、

プログラマーをめざすも

挫折。

いくつかの職業をへて

自営業を起業

2010年からネットビジネスを始める。

ブログランキング

日本ブログ村